イスラム原理主義(イスラムげんりしゅぎ)は、イスラム的な政治・国家・社会のあり方の実現を目指す政治的活動を指す「イスラム主義 Islamism」の諸運動、あるいはムスリム(イスラム教徒)の宗教的・政治的な急進主義派、過激派を指す、批判的ニュアンスのこもった呼称である。 一般にイスラム原理主義として非イスラム教徒によって理解されている運動は、コーラン(クルアーン)の無謬(むびゅう)を信じて厳密に字義どおり解釈し、預言者ムハンマドの時代のイスラム共同体を復興させようとするものである。 保守派ムスリムは、このような運動をイスラーム復興と総称することもある。また日本の親イスラーム的研究者の間では、イスラームの理念を国家・社会に実現しようとする政治的な運動はイスラーム主義と定義しており、「イスラム原理主義」の語を分析概念として用いるのは中立派若しくは対象に批判的な研究者に限られている。 また他宗教や無宗教、無神論に対する凄まじい憎悪でも特徴付けられ、『イスラーム以外の宗教や無神論・無宗教は皆間違い、地獄に落ちる』などという主張を行うのが通例である。[1] 「イスラム原理主義」という日本語表現は、本来は、イラン革命などのイスラム法(シャリーア)による統治の復活を唱えるイスラム教徒による運動を指してアメリカなどで英語で「Islamic Fundamentalism」と呼んだものの日本語訳である。 Islamic Fundamentalism という語が用いられ、定着する以前においては、Fundamentalism(原理主義)という語はもっぱら、プロテスタントの中でも米国を中心とした一派で聖書に関して逐語霊感説をとり一字一句字義通りに理解し、千年王国の到来を固く信じる「Fundamentalist Christianity(ファンダメンタリスト・キリスト教)」、あるいは「Christian Fundamentalism(キリスト教根本主義)」を指した。ただし、日本のキリスト教界では「根本主義」という訳語が好まれており、「原理主義」というのは外部から用いられる呼称である。 イスラム教における宗教的な理念に基づく社会の実現を目指す運動は、イスラム教の共同体を原初の理想的な姿に回帰させることを志向しており、この点において、「千年王国」を強く意識したメシア信仰に基づく根本主義とは異なる[2]。 しかし、このようなイスラムにおける運動を、英語圏の人が英語によってとらえ、表現する際に、「宗教的な典範を第一原理とし、それをそのまま現実社会と結びつけようとする」という表象上の特色がキリスト教の根本主義に類似していることに着目し、「キリスト教の原理主義(根本主義) (Christian Fundamentalism)」と対比させて身近で直観的に理解されやすい「イスラム教の原理主義 (Islamic Fundamentalism)」の語が使われ始めたものである。 キリスト教文化を共有していないにもかかわらず、「原理主義」の語が取り入れられた日本では、とりわけマスコミで「イスラム原理主義者のテロリズム」という報道が行われたために、この語が「政府の転覆を図る狂信者」「宗教テロ」のイメージと繋がりやすい傾向がある。これは、キリスト教原理主義の起こす北米の社会問題に比して、イスラム原理主義者に帰された国際テロ事件のほうが大きく、頻繁に報道される事による。 実際には、例えば、一般に「イスラム原理主義」として評価されることの多いワッハーブ主義を国是とするサウジアラビアが、穏健派の親米アラブ国家の代表格であるように、現実の政治の場では、イスラム原理主義=過激派と単純にとらえることはできない。 このために、そもそもイスラム主義、イスラム復興運動の全体を上述のような偏見に結びつく原理主義の語で捉えることを批判するイスラム研究者も少なくない。特に、イスラム原理主義と広く呼ばれる範疇に属する運動は、イスラム社会の広い範囲で見られ、ムスリムの間で一定の影響力を持っていることから、「イスラム原理主義のテロ」といったような言葉であらわされる暴力的な活動が、広範なムスリムに指示されているようなイメージが先行する傾向があることが批判される[3]。 一方、社会学的観点からは1970年代頃から世界的に高まっている横浜 マンション な宗教の宗教復興の動きを広く総称する用語として「原理主義」「ファンダメンタリズム」を定義し、イスラム教の復興を「イスラム圏における原理主義」として世界的潮流の一部と捉える見方が支配的になっており、イスラム研究の立場と異なる。 しかし、上述のような理由により、「イスラム原理主義」という言葉の指し示す対象と範囲、その言葉の持つニュアンスについては、日常と学術の現場において「キリスト教原理主義」のそれよりもはるかに大きな乖離が発生しており、どのような立場に立つにせよ、その取り扱いに注意を要する。 1990年代頃から盛んに行われてきたイスラム研究者の発言は近年、日本の言論界やマスメディアにもある程度定着しており、「イスラム原理主義」の「過激派」が起こしたテロは、「イスラム原理主義者が起こしたテロ」ではなく「イスラム過激派が起こしたテロ」という表現が行われるようになってきた[4]。 ^ イスラームにおける生き方 ^ イスラム教においてメシアはアラビア語でマフディーと呼ばれ、主にシーア派および北アフリカのスンナ派の一部において、キリスト教の根本主義に似るマフディー信仰が盛んである。 ^ エジプトなど、多くの国ではいわゆる「イスラム原理主義過激派」が起こすテロは一般のムスリムをも巻き込んできたこと、またイスラム教が説く慈悲・寛容の精神から外れているとして、国民の大多数には支持されていない。こうしたテロをも辞さない過激派は現地でもムタタッリフィーン(過激主義者)と称され、社会から異端視されることが多い。 ^ 「イスラム過激派」という日本語の用語についても、厳密な定義がなされないまま用いられていることから問題視する日本人研究者も存在する。 アナキズムまたはアナーキズム(Anarchism)は、国家を廃絶し、自由な個人から構成される、相互扶助を基調とする小さな地域共同社会または中間的集団の確立を主張する思想。社会主義の流れを汲むものもあれば、個人主義の流れを汲むものもある。日本語では、無政府主義と訳される。自由至上社会主義(Libertarian Socialism)も同意味。 アナキズム(アナーキズム)のSEO カラーは黒。アナキズム思想の持ち主をアナキスト(アナーキスト)という。なお、日本では「Anarchist」自身は比較的厳密に「アナキスト」と、それ以外の第三者(研究者、反対者、他)は、適宜「アナキスト」「アナーキスト」と形容した。 また、リバタリアニズムを徹底的に押し進め、政府のない自律的な自由競争市場を理想とする資本主義的な無政府主義思想はアナルコ・キャピタリズムという。アメリカ合衆国では米ソ冷戦後一部で台頭し、社会主義的なアナキストと、アナルコ・キャピタリズムの支持者との間で激しい論争が起こった。 「アナーキー」という言葉は、ギリシア語で否定を意味する接頭辞「a(n)」と、支配者、責任者などを意味する「archos」から来ており、「anarchos」または「anarchia」は「政府を持たないこと、政府が無い状態」を意味する。 アナキズムの理念的ルーツは古く、個々の、あるいは特定の思想家の信念や思想として生まれたものではなく、自由を求める歴史の中から、いわば精神の自然史というような形で生成してきたものだが、それを自覚した近代のアナキズムは、19世紀、フランスのプルードンの思想に始まる。続いて第1インターナショナルではプロレタリアート独裁を唱える"権威派"のカール・マルクスと、権力の集中を批判しアナキズムを主張する"反権威派"のミハイル・バクーニンが論争を行った。またインターナショナルの運営においてもマルクスは総務委員会の権限強化を主張し、それに対してバクーニンは諸支部の連合を主張し対立した。総務委員会のポストにあったマルクスは謀略的にバクーニンとバクーニンを支持するインターの各支部を除名し、第一インターナショナルを解体する。バクーニンは、アナキストによるインターをつくった。 第一インターの強力な支部を形成したイタリアは、バクーニンの影響を強く受けたマラテスタ、カフィエーロ、コスタなどの指導によりアナキズムが強力に根付いた。ロシアにおいては、ロシア革命(十月革命)後の共産主義政権の独裁に反旗を翻して蜂起したクロンシュタット軍港の水兵たちの運動や、ウクライナにおいて白軍を撃退したネストル・マフノ率いるマフノ運動の存在が大きい。モスクワやペテルスブルクなどの都市部においてもモバイルSEO は、共産党の独裁に対する反対勢力として社会革命党左派(エスエル左派)とも連携し、非合法をも含む様々な活動を展開している。スペインもまたバクーニン以来、アナキズムの根強い地域であり、20世紀前半のスペイン内戦においてアナルコ・サンディカリズムを主張する労組(CNT/FAI)はフランコと対峙する人民戦線側では最大の勢力を誇り、各地で革命を起こしバルセロナ市では労働者による自治が行われた。また人民戦線政府の閣僚となったCNT/FAIに対して革命的アナキズムの路線を貫いたドゥルティや、「革命」とフランコとの「戦争」の二者択一のアポリアに対して「革命戦争」の方向を提示した「ドゥルティの友」の活動も看過してはなるまい。 19世紀末から20世紀前半にヨーロッパを中心にして、アナキストによる力尽くの体制排除を目的とした暗殺事件が世界中で多発した。当時の世界情勢は概ね帝国主義化しており、中には反帝国主義から事件を起こしたアナキストもいたと思われるが、しかし実際には効果が上がらず、第一次世界大戦以降は、体制並びにソ連などの共産主義によって弾圧されるなどして、アナキストの活動は収縮して行った。